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最高裁判所大法廷 昭和29年(オ)542号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

論旨は要するに、本件建築許可に附せられた条件、ことに本件広場設定事業により、都知事が移転を命じた場合は三ケ月以内にその物件を完全に広場境域外に撤去すること、これが撤去により生ずる総ての損失については都知事に対しその補償を一切要求しないこと、許可を受けた建築物は一切担保に供しないこと等を定めた条項を有効であるとした原判決は、憲法二九条に違反するものであるというのである。

しかし、都市計画法一一条ノ二は、都市計画として内閣の認可を受けた広場の境域内等における建築物に関する制限で都市計画上必要なものは、政令をもつてこれを定める旨を規定し、この法律の規定に基づき定められた同法施行令一一条ノ二及び一二条は、右広場の境域内等において建築物を新築、改築又は増築せんとする者は都道府県知事の許可を受くべき旨を規定し、また右許可には、都市計画上必要な条件を附することを得る旨を規定しており、従つて右許可を与えず又はその許可を与える場合においてこれに条件を附し、およびその条件の履行を命ずる等の建築物に関する制限は、いずれも都市計画上必要な場合に限るものであることは、前記法令の規定上明瞭であるといわねばならない。ところで、前記法令の規定による建築物に関する制限は、他面において財産権に対する制限となることは否定しえないところであるが、そもそも都市計画とは、「交通、衛生、保安、防空、経済等ニ関シ永久ニ公共ノ安寧ヲ維持シ又ハ福利ヲ増進スル為ノ重要施設ノ計画ニシテ市若ハ主務大臣ノ指定スル町村ノ区域内ニ於テ又ハ其ノ区域外ニ亘リ施行スヘキモノ」をいうとせられ(都市計画法一条)、それが公共の福祉の為に必要なものであることはいうまでもないところであるから、前記の建築物に関する制限が、他面において財産権に対する制限であつても、それが都市計画上必要なものである限りは、公共の福祉のための制限と解すべくこれを違憲といえないことは、憲法二九条により明らかである。

よつて本件許可に附した条件の所論条項が、都市計画上必要なものかどうかを考えてみるに、原判決によれば、本件建物を建築した土地は、東京都都市計画において国鉄中央線荻窪駅前広場に指定され、昭和二二年一一月二六日戦災復興院告示第一二三号をもつて右駅前広場設定事業施行年度の決定をみたが、右決定は昭和二四年五月一〇日廃止されたところ、上告人広田、同橋口(寛)、同阿部、同宇田川、同伊東および訴外大菅房次郎等は、本件土地上に建物を建築しようと思い、昭和二四年一二月頃あらかじめ杉並区役所に建築を許可して貰えるかどうかを問い合わせたところ、同区役所の外岡建築課長は、当時右土地に対する荻窪駅前広場設定事業施行年度の決定を廃止せられていたが、再びその施行年度の決定があるかどうかは不明であつたので、許可する意向を洩らした、そこで、右上告人らおよび訴外大菅は、同年一二月一三日被上告人に対し建築許可の申請をしたが、杉並区長は右土地は駅前広場に指定されているので、慎重を期して東京都建設局にその指示を仰いだところ、東京都からは、右広場設定事業はその費用が水害対策費に流用され予算がなくなつたため、一時延期的にその施行が廃止されたが、予算が取れ次第事業を施行することになるから、その施行に支障を来すことのないよう建築許可は一応見合せられたい旨指示してきたので、同区長は右上告人らおよび訴外大菅に対し右指示の趣旨を伝えて建築申請を不許可とした、ところが同人らは同区長に対し、広場設定事業施行の場合はいかなる条件でも異議をいわず新築した建物を撤去すべきにつき、建築を許可せられたい旨懇請し、その旨の請書(乙第一号証)又は念書(乙第四号証)を提出したので、同区長は東京都建設局とも協議し、右上告人らおよび訴外大菅より、あらかじめ本件条項を附することの承諾をえた上、昭和二五年三月二三日附で同人等に対し各条項を附した建築許可をなしたこと、また上告人嶋津は、同年七月二九日本件土地上に建物を建築するため、被上告人に対しその許可申請をなしたので、杉並区長は、前記上告人らに対して附したのと同一の条項を附することを承諾するならば、建築許可をなす旨申入れたところ、これを承諾したので、同年八月二日附で本件条項を附した建築許可をしたことが認められるというのである。そこで、以上原審の確定した事実を綜合すれば、本件広場設定事業は、予算の関係上一時施行が延期されたが、予算の成立とともに施行されることになつていたものであつて、その施行の際は、本件土地は都市計画法一六条によつて収用又は使用されうることが明かであり、かかる土地の上に新たに建築物を設置しても、右事業の実施に伴い除却を要するに至ることも明かであつたばかりでなく、本件許可については、前記出願者らは、広場設定事業施行の場合は、いかなる条件でも異議をいわず、建物を撤去すべき旨の書面を差し入れ、又はその旨を承諾していたのであつて、このような事実関係の下においては、本件許可に際し、無償で撤去を命じうる等の所論条項をこれに附したことは、都市計画事業たる本件広場設定事業の実施上必要やむを得ない制限であつたということができる。なお、所論は、右条項によつて移転を命ずるについては、都知事は換地予定地を指定すべきであるというが、本件の場合においてこれを指定せねばならぬと解すべき法令上の根拠は何ら認められない。また、所論は本件条項(一)に「広場事業施行に必要な場合」との制限を附していないのは違法であるというが、そのような文言がなくとも、右条項が本件広場設定事業施行のため必要と認められる適法な建物除去命令があつた場合に関するものと解すべきことは勿論である。

されば、本件許可に附した条件の所論条項には違法、違憲の点は認められず、所論は採るを得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条一項本文に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 入江俊郎 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一)

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